リスクマネジメント理論の体系
関西大学経済・政治研究所第102回公開講座(平成8年9月11日)
「危機管理とリスクマネジメント」
日本リスクマネジメント学会創立者
関西大学 商学部 名誉教授
亀井 利明 (かめいとしあき)
(1930~2016)
1.危機管理とリスクマネジメントのルーツ
- (1)1920年代のドイツのRisikopolitik ― 経営管理型RM
インフレ下における企業防衛:企業経営における危険政策 - (2)1930年代のアメリカのRisk Management ― 保倹管理型RM
ディフレ下における企業防衛、オーダー・メイドの保険、上手な保険利用 - (3)1960年代のアメリカのCrisis Management ― 危機管理(危機管理型RM)
国家の安全保障から、家計、行政の危機対応へ - (4)l960~70年代の米国及び日本型経営と経営戦略に見られたRisk対策戦略 ― 経営戦略型RM
多匡籍企業化、企業の国際化・多角化、M&A戦烙、企業中心主義、企業戦士、企業革新
○l973年及び1979年のオイル・ショック、l984年グリコ・森永事件、1989年~91年湾岸戦争、1995年阪神大震災等による経営危機対策としての不測事態対応計画(contingency plan)、危機管理マニユアルの導入
2.リスクマネジメントの形態とそのマネジメント
災害管理型リスクマネジメント
- (a) 保険管理型リスクマネジメント — 災害
- (b) 危機管理型リスクマネジメント — 危機
経営政策型リスクマネジメント - (c) 経営管理型リスクマネジメント — 管理リスク
- (d) 経営戦略型リスクマネジメント — 戦略リスク
- (1)(a)及び(b)は、マネジメントを単なる対策、対応、計画と考える。
災害管理型RM ― 災害や危磯のマネジメント
それは、 (1)リスクの調査(2)評価(3)処理のプロセスとして処理される。 - (2)(c)はマネジメントを管理過程(要素)の循環として把握し、これを危険処理の計画、組織、指導、統制のマネジメント・サイクルと考える。 ― RM Cycle
しかし、その中心は危険処理計画に合まれる(1)リスクの調査・確認(2)リスクの評価・分析(3)リスク処理 手段の選択である。 - (3)(d)はマネジメントを意思決定の連続的活動として把握し、情報、企画、選択として把握する。 製品、市場、多角化、M&A、海外進出等の戦略的意思決定やそのリスクが中心となる
- (1)(a)及び(b)は、マネジメントを単なる対策、対応、計画と考える。
3.Risk Management Cycle
リスクマネジメントをマネジメント・サイクルとして理解するとすれば以下のとおりになる。 (1)危険処理の計画
- (a)リスクの調査・確認
- (b)リスクの評価・分析
- (c)リスク処理手段の選択
(2)危険処理の組織 - (a)リスク処理権限の委譲
- (b)リスク処理機関の動員
- (c)リスク処理業務の分担
(3)危険処理の指導 - (a)リスク処理計画の解釈
- (b)リスク処理の助言
- (c)リスク処理のリスク処理業務の調整
(4)危険処理の統制 - (a)リスク処理実績の記録
- (b)リスク処理実績の評価
- (c)計画と実務の不一致是正
4. リスクマネジメントと意思決定
- (1)情報活動→Risk,Peril,Hazard,Crisisに関する情報や資料の収集、検索、検討
- (2)企画活動→リスク処理手段の発見、分析、比較、開発
- (3)選択活動→リスク処理手段の選択、調整、組合せ
5. リスクの意義 ― 予想や予見の不
- (1)「事故」(peril) ― 災害、天災・人災
- (2)「事故の可能性(risk) ― 不確実性、過失・不注意
- (3)「事故の可能牲の接近」または「事故の結果の持続(crisis) 一 危機、不測事態
- (4)「事故発生の可能性に影響する条件」(hazard) ― 危険事情、自然社会的環境
6.リスクの要因 ― 意思央定や決断の拙劣
- (1)管理の欠如(lack of control) ― 計画力、組織力、指導力、統制能力の不足
- (2)情報の欠如(lack of information)― 組織、入手、、伝達、分析の不足
- (3)時間の欠如(lack of time) ― 時間管理、業務多忙、決断遅延、接遇過多
- (4)感性の欠如(lack of sensibility) ― 感受性、才覚、直観、瞬間的意思決定の不足
7.リスクの成分 ― 属性や要素の反応
- (1)頻度(frequency) ― 確率
- (2)強度(severity) ― 衝撃
- (3)好機(chance) ― 利得
- (4)危害(pinch) ― 損失
8.リスク処理手段
- (1)危険制御(risk control)― 事故発生前、技術操作
回避 ― 危険の遮断、行動の中止
除去 ― 危険の防止(予防、軽減)、分散、結合、制限 - (2)危険財務(risk finance)― 事故発生後、資金手当
転嫁 ― 保険・共済・基金の利用、掛繋、下請
保有 ― 自家保険(キャプティブ)、危険負担
9. リスクの頻度・強度とリスク処理手段の選択
- (1)頻度(Frequency)の大きさをF1、F2,F3と表示し、強度(Severity)の大きさをS1、S2、S3と表示すれば、リスクは9種類となる。
- (2)頻度も強度も大小だけで表すと、A型リスク(F大S大)、B型リスク(F小S大)、C型りスク(F大S小)、D型リスク(F小S小)の4種類になる。
- (3)A型リスクは『回避』、B型リスクは保険またはそれ以外の『転嫁』、C型リスクは『除去や防災』、D型リスクは『保有』が原則である。
- (4)一般に純粋危険は『除去』か『転家』、投機的危険は『回避』か『保有』が基本である。 しかしその組み合せも重要である。これをツール・ミックスという。
10. 危険処理手段選択に当たって留意すべき点
- (1)危険の三様相(危険の質的、量的変革)に注意し、調査・確認・評価・分析を徹底すること。
危倹は繰り返す。
危倹ぱ変化する。
危険は隠れている。 - (2)危険は回避し、除去し、転嫁し、しかる後に保有する。
- (3)純粋危険は可能な限り保有しないが、投機的危険は利潤の源泉、ビジネス・チャンスであるがゆえ、ツール・ミックスを考えて保有する必要がある。
11. 意思決定と決断の要因
- (1)良質・正確な情報入手(兆候判断)
- (2)プレーンの力を借りる(参謀利用)
- (3)感性を磨いておく (直観力向上)
- (4)アジリティに徹する (俊敏対応)
12. 意思決定と問題点の決断
◎平特の意思央定 → bottom up 話し合い、根回し、会議
◎災書時の意思決定 → top dom 決断、指揮、命令
- (1)bottom upの問題点
下からの積み上げ方式→稟議制
(a)稟譲と決定に時間がかかる
(b)担当者の責任感の希薄化
(c)上位者の指導力が不足する - (2)結論・決断の意義
結論は常識的な見通し見通し(足し算的な思考)による意思決定。
決断は既成の概念、秩序の飛び越え(掛け算的思考)による意思決定である。
前者は既成概念の延長、後者は現在の革新および挑戦であり、それ自体が一つのリスクとなる。
* hands on manager
手を汚す管理職
○hands off manager 手を汚さない管理職
13.決断の法則
- (1)決断は現状維持、新天地開拓、撤退への選択である。
- (2)自信なき決断、迷いの決断は敗北または失敗となる。
- (3)素人の発想、玄人の感性が決断の出発点である。
- (4)決断は冒険であり、賭博である。
- (5)リスクの過大視、過少視は決断を誤る。
- (6)チャンスかピンチかの峻別が決断を迫る。
- (7)決断とはチャンスに焦点を当て、何かを捨て、何かを伸ばすことである。
- (8)リスク感性が決断の前提となる。
14.リスク感性
- (1)一般に感性という用語はきわめて多義、多方面に使われている。しかし、それは理屈や理論を抜きにした、あるいは先入観や偏見にとらわれない人間の感覚をいう。リスク感性は、リスクに直面ないし関与した場合のかかる感情を意味し、リスクに対する刺激や反応ということになる。
- (2)リスク感性は事業の機会(チャンス)とリスクの識別力、計画やプロジェクトに対するリスク評価適性というように解されるが、場合によっては事業の才覚の一部と規定してもよい。それは人間の直観力、洞察力、先見力に基づくもので、その多くは理論よりも経験と天性による「ひらめき」や「かん」に依存している。すなわち、直面した事態を冷静に判断し、機敏に対応するとともに、先を読み、将来のためにいかなる手段を講じるかということである。
15.保険管理に関する意思決定
- 1. 保険を選択するか、いかなる保険を選択するか、どの代理店を選択するか、どの保険者を選択するか。
- 2. 必要な保険、望ましい保険、可能な保険。
- 3. 強制保険は別として、任意保険の付保基準や順位はとかく逆選択となる。これは保険者のアンダーラィティング活動と抵触する。 アンダーライティングの基本原則は、道徳的危険の排除と逆選択の防止である。
- 4. 付保の判断基準は、保倹料の製品価格転嫁可能性、財務的安定性、便益比較性、保険料予算表に基づくもので、付保の損得勘定は正確にできない。究極的にはリスク感性の問題となる。
- 5. 危険管理方針規定書(RM Policy Statement)中の保険計画(Insurance Program)や危機管理マニュアルに従うべきであるが、保険代理店の協力を求めて、これを絶えず見直すべきである。
16. リスクマネジメントの専門家
- (1)リスク・マネジャー
- (2)監査役、部門管理者、全般管理者
- (3)中小企業診断士、経営士、保倹代理店
- (4)リスクマネジメント・アドバイザーとリスクマネジメント・コンサルタント(日本リスクマネジメント学会認定)
RMA 一 家計RM、中小企業RMの専門家
RMC 一 大企業RM、国際企業RMの専門家
17. 阪神大震災とリスクマネジメント
- (1)一般化した用語
「活断層」、「ライフ・ライン」、「危機管理」 - (2)危機管理の問題点
○行政 一 FEMA(連邦緊急事態管理庁)のような組織欠如
○企業 一 経営者のリスク感性、危機管理マニュアルの不存在や見直し欠如
○家計 一 生活設計書の不在、地震への金銭準備不十分 - (3)危機管理への対応
(a)経営者のリスク感性向上(事故前・後)、危険費用化努力
(b)危機管理マニュアルの作成、維持、見直し、使えるマニュアルへの努力
(c)情報収集の迅速化、一元化、正格化(インターネット)
(d)意思決定の迅速牝、臨機応変の意思決定、トップ・ダウン方式、天災の人災化防止
(e)防災投資のチェック、防災訓練の実施、耐震安全度のチェック、地震保険の付保、地震危険準備金の積立て - (4)危機・災害とリーダーシップ
平時は紳士、災害時は指揮官としてのリーダーシップ
○平時はafter you(お先にどうぞ)
○災害時はfollow me(われに続け)