『危険と管理』第37号 JARMS双書No.25

CSRとリスクマネジメント」

 

ま え が き

 

 諸賢の記憶に新しいところであるが、平成16年は災害の当たり年であった。ところが、平成17年に入るや事態は一変し、多くの災害は人災の様相を呈するに至った。

 忘れもしない平成17425日午前918分、JR福知山線の尼崎市にある急カーブで7両編成の快速電車が脱線し、先頭の13両目が転覆した。我が日本リスクマネジメント学会会長亀井利明先生は事故後早々に現場を視察・弔問され、「尼の地に散った一○七の御霊に捧ぐ」と題する詩作を献じられるとともに、リスクマネジメント学からのアプローチの重要性を明らかにされた。

 本件事故は、例えば、非日常時における全従業員の事故への具体的対応や姿勢が事故後の損害や信用失墜にどのように重大な影響をもたらすか、マスコミへの対応のまずさがどのような損害と信用失墜をもたらすかといった事故側の反省材料ばかりでなく、取材に当たったマスコミのありように至るまで、実に広範囲な問題点を浮き彫りにした。就中、「過去の事故に学ぶ」姿勢が結果として見られなかったことは重大ではないかと考える。JR西日本は、信楽高原鉄道事故の教訓を生かしていなかったといわれても返す言葉はないのではないか。

 JR福知山線事故の少し前から、わが国の航空機事業に数々のインシデント(一般にはトラブルといわれている。)が発生していた。日航機の墜落から数えてちょうど20年目に当たるこの年にである。安全技術の高度化ゆえの過信からか、緻密ゆえのゆとりのなさからか、その全ては仕事にかかわる人のうっかりミスとしか言いようのないものばかりなのである。滑走路のオーバーラン、管制官の誤指示、高度計へデーター入力ミスによる間違った高度での飛行、非常脱出装置の不稼動のままの飛行、エンジンブレードの欠陥によるエンジン停止、着陸時のタイヤのパンク(前輪が外れた例がある。)、逆推力(逆噴射)装置の不稼動、規定外の備品の着装・使用(3月から4月にかけて国交省の指示による調査で41件発見された。)、これらは全てうっかりミスであり、往々にして続けて同一の事故が発生しているのである。

 人災は交通機関だけではない。某メーカー製造の石油ファンヒーターで死亡事故が発生し、修理済みのヒーターによる死者も発生するという、悲惨な重大事故が発生している。メディアによる報告を見る限り、初期の段階で製造者は事故を軽く見ており、修理業者の見解にも耳を貸さなかった事実があったようである。企業のおごりとしか言いようがない。

 そして極めつけは、保険会社の保険金支払の手違いである。某生保の事件は、メディアによる報告によると、外務省による告反のすすめが存在し、保険事故発生に際し、保険会社は告反があったとして保険金を支払わなかったというのである。企業倫理からいって許されることではあるまい(欺罔行為といわれても返す言葉が見つからないのではないか。)。

 その他の不払事件は保険会社の社員教育不足としか言いようがない。中には、機械の対応が不十分であったためと弁解する者も居るが、そのような担保危険を約款に組み込んだのは業務部の従業員であり、損害調査の従業員が知らなかっただけの話しである。すなわち、単純な社員教育不足である。それがどんなに恐ろしいことだったのか、今になって責任者は臍を噛んでいるに違いない。

 このように、平成17年は前年と一転して、人災の年となってしまった。それゆえに、全国大会における共通論題の第一を「企業の社会的責任とリスクマネジメント」とし、第二を「経営者の人間性とリスクマネジメント」としたのであった。関係各位のご努力のおかげで、本大会は大成功。ここにその成果を上梓することができるのは、無上の喜びである。

 なお、ホテル・マンション建設に関し、設計者の作為によって規定強度にはるかに及ばない建物の問題がある。1230日の国交省の発表によれば、全国18都道府県の合計89件につき、構造計算書の偽造があったとのことである。また、昨暮発生したJR羽越線の脱線転覆事故では死者が出た。前者はまさに詐欺というべきであり、後者は人災と思われるものの、まだ原因が特定されていないので、ここでは触れない。

 

 2006110

理事長 戸 出 正 夫